ズートホーン00のこれからどうスラッヂ

「これからどうする?」の土佐弁「これからどうすらぁ?」とMy Favoriteロックンロールバンド「ザ★スラッヂ」をかけて、一時どこかで流行った言葉。そんな、将来への不安をこじらせたような物言いをいまも引きずる、たっすい(頼りない)ブログ。

うずらの卵料理のすすめ(生きがい創造舎Facebook『栃木うずらProject通信』#19より転載)

生きがい創造舎が主催する料理教室で、必ずメニューのひとつに加えているのがうずらの卵料理。毎回、地元栃木唯一の養鶉(ようじゅん)場である真岡市「海老原うずら」さんから卵をご提供いただいています。ではなぜことさら、うずら料理にこだわるのでしょうか。理由はふたつあります。ひとつは栃木の貴重な養鶉文化(群馬県高崎市とともにほぼ本州最北)を広く知ってもらいたいことがありました。もうひとつは、うずら卵の高い栄養価は知られながらも消費量はひとり年間10個程度(NHKためしてガッテン」のデータ等による)という現状にありました。

うずら卵は、中国の漢方薬の古書によれば、朝鮮人参、まむしなどとともにその薬餌的効果が高く評価され、不老長寿の霊薬として珍重されたと伝えられています。また1960年代ごろからフランスを中心に臨床研究が進められ、日本でも大きな問題となっている花粉症をはじめ、アトピー性皮膚炎、ぜんそくなど様々なアレルギー症状の改善に役立つともいわれます。事実息子さんがぜんそくだったという筆者の知人によれば担当医からうずらの生卵を飲ませてみればとすすめられたそうです。

栄養成分でみれば、うずら卵は鶏卵と比較して、ビタミンA・B1・B2・B6・B12・たんぱく質、鉄分、葉酸などがより多く含有され、なかでもB12は5~6倍含まれるなど、小粒ながら高い栄養価を誇ります。一昔前の農家では養鶏とともに養鶉も兼ねることも多く、その家庭ではうずら卵を食することで自然健康増進に役立ったともききます。

以下、横倉輝著「うずら飼育の実際」泰文館(昭和43年刊)より抜粋します。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

「鶉の卵は、鶏卵に比較して、蛋白質や脂肪、ビタミンなどの含有成分が濃厚であり、栄養価が高く、また美味である。」
(中略)
「愛情をこめて親切に飼育すればよく産卵する。毎日産む新鮮で滋味に富む卵を、自家の食膳に供することができ、一家団欒の糧となり、家族の栄養となり、健康増進に大いに役立つ。卵に余剰ができれば親戚や知人への贈り物とすれば喜ばれるし、また生みたての鶉卵として販売することができる。」
(中略)
「この家庭養鶉の仕事は、ご婦人、お年寄りの方や子供達の手で簡単にできることであるが、そのうちでも、小・中学校の児童や生徒の日課として担当させると勤労の美風を養うことができ、動物愛護の精神を引き起こして、情操教育の上にもよい影響を及ぼすことができる。鶉を飼育することによって生ずる利益金は学用品の購入費にあてるか、貯金させるように指導していけば、この家庭養鶉はまことに趣味と実益に富む、よい仕事であると思う。」

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

この本によれば家庭養鶉は、一家団欒、健康増進はもちろん児童に勤労の美風を知らしめ、情操教育ともなり学用品の購入費にもなるといいことづくめ(笑)。家庭養鶉はむつかしいとしても、うずら卵の料理は料理教室以外でも今後広くご提案したいと思います。

f:id:zoothorn00:20161119071407j:plainうずら卵入りミートソース煮

f:id:zoothorn00:20161029080654j:plain

うずら卵ベースのパウンドケーキ(試作品)

f:id:zoothorn00:20160821153839j:plain

うずら卵のホットケーキ

f:id:zoothorn00:20161121182841j:plain

うずら卵入り肉野菜炒め

f:id:zoothorn00:20161120192310j:plain

うずら卵入り鍋焼きうどん



(以上、生きがい創造舎Facebookより。フェイスブックでの記事検索がよくわからなす、ですのでここにも記録します…汗)

姜泰煥(as)竹田賢一(大正琴)デュオat鹿沼興文堂さんえふ。「栃木で見られる奇跡かな」と高橋社長がぼそっとつぶやいたライブに、山崎春美も訪れた豪華な夜のこと。

f:id:zoothorn00:20161111064026j:plain

f:id:zoothorn00:20161111063910j:plain11月12日は、鹿沼の興文堂さんえふで姜泰煥(カン・テーファン)+竹田賢一ライブを観てきました。このライブは興文堂の高橋店長から情報をいただいてて、たまたまとちぎ朝日のI編集長と料理教室(生きがい創造舎主催)の件で電話してたときにこの話をすると、ぜひ載せたいですねと。編集長は今月宇都宮で公演した山下洋輔のコンサート情報も大きく取り上げている。その山下洋輔とも共演している韓国の超重要サックス奏者、韓国インプロビゼーション界の重鎮と押しに押した私ですが、正直それまで姜泰煥さんを全然存じ上げなかったのでした。その後、高橋店長に「竹田さんと共演するこの日のテーマなどあれば」とメッセすると6時間後位に「栃木で見られる奇跡かな」とそっけないレスがきて逆にニヤリ。また竹田さんは何度も興文堂に来られており、ただ1度立ち寄るというわけではないところがとち朝さん的にはうれしいようでありました。

記事は前日、1面に掲載。動員に効果があったかは?ですが、アジテーションとして効果絶大だったのでは。で、当日は姜泰煥さん(アルトサックス)、竹田賢一さん(大正琴)それぞれのソロ、そしてデュオを挟み込んで何クールかする構成。竹田さんの大正琴は繊細さとともに、ときおりキリキリと空気を切り裂くようなノイバウテン的な音響でびっくり。また姜さんのあぐらをかき、呼吸するようにいつ終わるともなく吹き続けるすさまじさにこちらも度肝を抜かれる。ときに、終わったのか次の展開をはかってるのか、ジョアン・ジルベルト的な沈黙が続いたりしてどきどき。休憩をはさんで約1時間半。最後はお互いを見て、姜さん「ラストソング、デュオ?」竹田さん(姜さんを促して)「ソロ!」姜さん「ノー、デュオ、デュオ」とのやりとりがあり、最後はデュオに。かくも美しくまさに奇跡の演奏を体感する幸運を味わっておりました。

それと休憩中には東京から見に来ていた山崎春美さん、渡邊未帆さんともしばしお話を。春美さんとは約25年ほど前、渋谷ラママでナンパ(笑)して以来ご自宅にもよく伺った縁があるのですが、そのへんは長くなるので、というかすでに長くなってるので割愛。渡邊さんとは「天國のをりものが」で資料提供という形でお手伝いしたときのご縁です。まずは「ようこそ栃木へ」とごあいさつ。「え、ようこそて、自分東京からちゃうの?」と。また「自分四国やろ。こっちは縁もゆかりもないんちゃうの?あんの?」とも。春美さんとは四国高知に関して、とくに野球についてよく話したことがあり、そんなことも話したかったんですがあまり独占するのもと手短に切り上げつつ。。でも「次はぜひTACOで来てください」と切にお願いしたのでした。

某抽選会のことや一箱古本市のことなど例によってダラダラと

11/1
この日は某会場取りのため、抽選会に参加。ぼくら生きがい創造舎の希望日は4団体の抽選となった。抽選方法は、書類の提出順にトランプを引きハートのエースを引いた団体が会場を射止めるというもの。4枚並んだトランプを前に4団体の人たちが固唾をのむなか、最初に提出してたぼくがカードを引くと、なんとハートのエース!思わず声をだしそうになったが、そっと控えめにカードを掲げた。他の団体関係者のため息が響く。内心、先日のドラフト会議で中日新監督森繁和が六大学No.1投手・柳裕也を射止めたときの気分だった。びしっとスーツでガッツポーズキメたかったが、よれよれのスウェットでキャップ姿の怪しい私はいまいちだったんだけどね。でも4枚並んだカードを一瞥してすぐわかったし、あとで「もってるね」と言われてこの日はまんざらでもなかった。そんなわけで約1年後、またイベントをやりますが楽しみになってきました。

11/3
真岡の海老原うずらさんへ。この日は肥料づくりの予定だったがフンの乾燥状態がいまひとつで思い切って袋詰めを断念。今年は梅雨、台風と悪天候がつづき、例年に比べて乾燥状態がなかなかよくならないとのこと。いっそのこと、良好な状態になってから半年間位集中的にストックを重ね、梅雨入りから半年は肥料をつくらないと決めるのもいいかなと。その間は卵のことに集中する。ここ数カ月の間に、いろいろレシピの試作を周りの人にいただいたりアイデアも出てきているし、ここにきて青天の霹れきというか販売の拠点も決まったり!で、だんだんその気になってきました。

11/5
オリオン通り一箱古本市があるというのでお昼も兼ねてブラッと行ってきた。「宮の市ストリート」というイベントの一環らしい。ソラリスさんのブースで直球だけどレムの文庫本を購入。レムは振り返ると「捜査」がいちばん印象に残ってるかな。あと講談社文庫の短編集はぼろぼろになってるけど愛読した。全集にあったウェルズ「宇宙戦争」の評論もしびれた。レムは戦争体験があったが、ウェルズは戦争体験がなかったのにこれを書いあげたことを絶賛してたのが印象的だった。

あと日光の古本屋さん「霧降文庫」のブースも面白かった。丸尾末広が7~8冊並んでて読んだのも数冊あったが、たしかすべて手放したはず。諸星大二郎平田弘史花輪和一もずらり並んでてこれはぼくの本棚とかなりかぶってましたね。
このあと事務所で生きがいメンバー神谷くんと合流して、芋堀りにGO(笑)。料理教室でつかう紫芋、紅はるか、ヤーコンの3種を定員分収穫。これはこちらでレポしました。
https://www.facebook.com/ikigaisouzousya/photos/?tab=album&album_id=1128612650593541
神谷君はみみずミミズにビビったり、私は私で途中から素手で土を掘ったり(触ったり?)して、ほとんど素人仕事^^; あまり役には立たなかったんですが次回は重装備でいきます。料理教室はいよいよあさって。よろしくお願いします!

f:id:zoothorn00:20161111111727j:plain

宮の市で唐揚げ・・・

f:id:zoothorn00:20161106130356j:plain

f:id:zoothorn00:20161106141521j:plain

神谷操さん。うずらフンを肥料につかってできたサツマイモです。

生きがい創造舎が『もったいないフェア宇都宮2016』参加&「栃木のうずらフン」のどこが魅力かを改めて…

去る9月25日、宇都宮城址公園で開催された『もったいないフェア宇都宮2016』に「生きがい創造舎」としてエントリーしました。販売したのは純正有機肥料「栃木のうずらフン」。3㎏詰のレギュラーサイズに加え、手軽なお試し小袋も新たに用意して挑みました。

「栃木のうずらフン」は、真岡市の「海老原うずら」さんと生きがい創造舎のコラボ企画『栃木うずらProject』から生まれた今年春発売の新しい肥料です。

当日は晴天にも恵まれ、お試し小袋は用意した30袋がなんと完売!3㎏詰は完売とはなりませんでしたが、駐車場が遠かったわりには上々の売れ行きだったとおもいます。

たまたま隣のブースに参加された方が、なんと「栃木のうずらフン」ユーザーだったという驚きの出会いもありました。皆さま改めてお疲れさまでした。

f:id:zoothorn00:20160925100901j:plain

f:id:zoothorn00:20160925094420j:plainf:id:zoothorn00:20160925094413j:plain

f:id:zoothorn00:20160925092440j:plain


さてついでにこのブログでは初ですが、純正有機肥料「栃木のうずらフン」の何が優れているのか、そのおすすめポイントを簡単に紹介しときます。

f:id:zoothorn00:20161014180218j:plain

おすすめポイント①うずらは栃木のかくれた名産!
「栃木のうずらフン」が生まれる真岡市「海老原うずら」は本州のほぼ最北端の養鶉(じゅん)場であり、栃木唯一の養鶉場。うずらは栃木の知られざる名産でもあります。

おすすめポイント②高い栄養価の秘密
うずらは身体に比して大きな卵を産むため高たんぱくの飼料を食べて育ちます。また、鶏に比べて腸が短く、食べたものをほとんど消化せずに排泄するため、高栄養の肥料原料となるわけです。また、肥料としての即効性も高いといわれています。

おすすめポイント③肥料の3大要素を多く含有
じっくり発酵・熟成させてできた、3大要素(窒素・リン酸・カリ)を多く含む肥料です。糖度が高く、甘くおいしい野菜・果物が育つほか、花木の生育にも最適です。

おすすめポイント④苦土生石灰入り!
「栃木のうずらフン」はフンを乾燥させるため、苦土生石灰を混ぜ込ませているのが大きな特長です。苦土とはマグネシウムのこと。3大要素にマグネシウムと石灰を足して5大要素というほど、マグネシウムと石灰は大事なものです。また、石灰は土をアルカリ性に変え、土地改良にも役立ちます。

おすすめポイント⑤「もったいない!」から生まれた肥料
海老原うずらさんのうずらフンは80年代に販売された時期もあったものの、人件費等の関係で長らく市場から消えていました。こんな高栄養の肥料を埋もれさせるのはもったいない! そんな思いからこの肥料は復活しました。

いま野菜づくりなどはちょうど秋の植え付け、種まきの季節。機会があったらぜひ「栃木のうずらフン」を試してみてください。現在以下の15店舗で発売中です。よろしくお願いします!

■「純正有機肥料 栃木のうずらフン」取り扱い店舗

・やさい&くだもの村 江曽島店 
http://www.tochinavi.net/spot/home/?id=9957
・やさい&くだもの村 桜通り店 
http://www.tochinavi.net/spot/home/?id=8512
・やさい&くだもの村 雀宮店 
http://www.tochinavi.net/spot/home/?id=11002
・やさい&くだもの村 峰店 
http://www.tochinavi.net/spot/home/?id=14296
・やさい&くだもの村 金井台店 
http://www.tochinavi.net/spot/home/?id=14578
・ホームセンターカンセキ真岡店
http://www.kanseki.co.jp/
・道の駅うつのみや ろまんちっく村
http://www.romanticmura.com/
・JAグリーンインターパーク
宇都宮市砂田町526
http://www.jau.or.jp/mapstore/ginter.html
TEL:028-656-1212
・農産直売所『あぜみち』上戸祭店
http://minnano-azemichi.com/
TEL:028-678-9687
・農産直売所『あぜみち』駅東店
TEL:028-680-5031
・農産直売所『あぜみち』鹿沼
TEL:0289-74-7030
・農産直売所『あぜみち』滝の原店
TEL:028-632-5431

「喝!タルイバンド」在籍時の片岡理作品「りんりゅう」についての覚書

もう3年前になるが「喝!タルイバンド」のライブを見させていただき、レビューとともにその日に演奏されたスラッヂの片岡理作品「らんりゅう」(片岡ソロシングルでは「らんりー★YOU」と改題)について長々と以下に書いた。
http://zoothorn00.hatenablog.com/entry/2013/07/06/034232

で、先日垂井ひろしさんと改めてそれに関連するメールのやりとりをしたのでその内容を備忘録として記録してみたい。

前回書いた通り、片岡さんが「喝!タルイバンド」時代に自主制作映画のサントラのために書いたのが「らんりゅう」だったが、実は片岡さんが提供したのは2曲あって、もう1曲「りんりゅう」という曲が存在したという。垂井さんは、「りんりゅう」の歌詞には「りんりゅう」という言葉がテーマとして出てくるので、「らんりゅう」は「りんりゅう」に合わせてつけたタイトルではなかったかと推測する。
ちなみに「りんりゅう」とは高知に昔からある何かだったような説明を聞いた気がするというのだ。

この話をきいて僕は、片岡さんが生まれ育った須崎に関係しているような予感がしていろいろ検索してみた。と、はたして某mixi(笑)の高知県須崎市コミュに「りんりゅう」の話がでてきた。
須崎出身とおぼしき、その方のコメントをこっそり転載してみる。もう10年以上前のコメントなので許していただけるだろうか。

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

コメント

リンリュウは…口でどう説明していいもんかわからんけど…2チームに分かれてそれぞれに「陣地」(コレも壁や柱でした)みたいな場所を作ってそこを相手に触られたら負けといったものだったと思います
その内容がどういえばいいのかわからんけど…難しい…自分の陣地に触れてからの時間が短いと強い、長いと弱いというふうな感じで自分より弱い者にさわって「捕虜」にしていき、相手の陣地をさわるといった遊びだったと思います
思い直してみるとなんだか無茶苦茶だったような感じがしますね
違う所があるのかも知れんけど…
言葉に直すとこんなふうに遊んでましたよ

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

他の方も「リンリュウとかって須崎以外で通じんで^^; 」とコメントしている。きっと片岡さんの原風景である須崎の、それも最も濃厚な時間だったろう小学校時代に夢中になっていた陣地取りゲームではなかったか。そんな遊びは、でも同じ高知県南国市のぼくの小学校でも確かにあった。いや類似する遊びは全国どこにでもあるのではないか。細かい内容は忘れたけど、ぼくも必死で何かから逃げたり捕虜になった屈辱的な記憶がおぼろげながらある(笑)。それをはっきり思い出せないのは大人の感覚から考えるからで、そこには大人の理解を超えるスリリングかつち密な状況設定があり、しかもその都度その場のノリで更新され、子供同士では見事に共通認識となっていたような記憶もある。


そういえばもう10年以上も前に片岡さんと須崎を散策したとき、片岡さんの母校に近い薄暗く人気のない神社でまったり過ごしたことがある。思い出の場所らしかったが、今思えばあそこが「りんりゅう」の舞台ではなかったろうか。。
「りんりゅう、りんりゅう、つかまるな、逃げろ!」
…これは垂井さんが断片的に覚えているという「りんりゅう」の歌詞。なんだか想像するだけで、遊びであっても、いや遊びであるからこそガチにとりくむ片岡さんの姿が見えるようだ。そして、神社を走り回りながら、あの独特な甲高い笑い声をあげる片岡さんの姿も…。

片岡さんが「喝!タルイバンド」に在籍した80年春から冬までの短い期間、ライブでは「りんりゅう」「らんりゅう」ともに演奏していたそうな。また片岡さんが体調を崩してバンドを抜け、翌年トリオ編成になってから2曲ともデモテープ用にレコーディングしたとのこと。そのテープは垂井さんご本人もどこにあるのかわからないそうだ。
ぜひとも発掘していただき、「喝!タルイバンド」で演奏してほしいものである。垂井さん、よろしくおねがいします!

 

そうそう今月の13日は片岡さんの命日。丸十年になります。

f:id:zoothorn00:20161002074644j:plain

片岡理 in 釜ヶ崎

カセットテープの思い出をだらだら語るしょの2

最初にカセットテープレコーダー(モノラル)を買ってラジオのエアチェックを始めたのは74年頃だっただろうか。AMのNHK第1「若いこだま」や、親に頼まれて同じくNHKの小説朗読番組などをせっせと録音していた記憶がある。FMなどは、ほんとはTDKのADやSONYのHigh Positionなどで録音したかったがお金もないのでたくさんは買えない。そんなころ、地元南国市の川村時計店南国店(時計も売っているがメインはレコ屋という店。もうとうになくなった)のワゴンコーナーかなんかでBARONを見つけた。要は激安テープなんだけど、これが後々考えると発見で。5本セットなどをよく買ったような気がする。40年たった今でもカビも生えることなく、いまだに普通に聴けている。ネットなどでは「粗悪品」などと言われてたりするが、ぼくにいわせれば高コスパの奇跡的テープで、BARONのおかげで大量にエアチェックできたし、いまだに思い出して聴くこともある。正直感謝のひとことなのである。

そんなわけでBARONカセットテープの紹介を。

f:id:zoothorn00:20090817135450j:plain

f:id:zoothorn00:20160826165622j:plain

f:id:zoothorn00:20160826170013j:plain

ジャケのデザインは工業デザイン的なシンプルさもあってけっこうかっこいいんじゃないかなと。ボブ・ディラン「地下室」はオマケ。FMでブラックサバスやエアロスミスの特集をエアチェックしたのもBARONだった。曲目の頭にある数字は当時使ってたテープレコーダーのカウンターの数値(笑)。

ジャンルに関係なく編集したテープなどみると、そんなに選びぬいて録音した感じでもないし、よく聴くヒット曲も多い。このへんを聴きなおすと、その時自分がどう日常を過ごしてたかとか、聴いてた時代や自分の部屋の空気感まで再生されてくるような錯覚に襲われる。それと、ラジオで流れている曲を数多くきくというよりは、録音した数少ない曲を巻きもどして何度も聴くようなところがぼくにはあった。そのぶんの記憶まで色濃く定着してしまったような感覚もある。

BARONについてはこのくらいにして、前回紹介した詩人・小笠原鳥類さんが綴った「紙の筒のような箱に入っているとどこまでも楽しかった楽しかった。」というフレーズについて。これは下の写真のような箱を指しているのだと思う。

f:id:zoothorn00:20160826164914j:plain

この箱はいまでも見かける気もするけど、プラスチックケースがなく、テープがそのまま紙の箱に入っていたものもあった。

f:id:zoothorn00:20090817135351j:plain

SONYの紙箱タイプとプラケースタイプを比較

f:id:zoothorn00:20160826164845j:plain

紙箱カセットは見ているだけで、本当にどこまでも楽しかった楽しかった。。

f:id:zoothorn00:20090817135950j:plain

ルー・リードの下にあるものSONYだけどこれは何かについてきた非売品だったか。何度も重ね録りした形跡もあるが、最終的に母親インタビューを録音している(笑)

以上、次回のしょの3ではテープコレクションなど紹介してみたい気もしてる。でわでわ。。

アポロンのミュージックテープカタログのことなどだらだらと

f:id:zoothorn00:20160819162038j:plain

先日アポロンのミュージックテープカタログを発掘したので、パラパラめくっていたら、76年にNHKで放送した「ヤング・ミュージック・ショー」イエス編の新聞TV面番組記事の切り抜きが挟まっていた。切り抜いた記憶はまったくないけどあまりに懐かしいのでアップする次第。

ぼくは経済的な理由でレコードプレイヤーを買う時期がかなり遅く、いまでも覚えているけど最初に買ったLPレコードはAllman Brothers Band「ウイン、ルーズ・オア・ドロウ」とmarshall Tucker Band「ニュー・ライフ」でした。いきなり2枚買い。その後2枚買いはあまり記憶にないのでこのときは相当欲望が決壊寸前だったんだろう…。「ウイン、ルーズ~」は当時新譜だったはずなので75年だ。学年でいえば中3か。買ったのは、今は無き高知市帯屋町商店街の川村時計店本店だった。

ともかくLPレコードプレイヤーを買うまでは(ドーナツ盤がきけるポータブルプレイヤーはあったが)、実質ロックなどはFMでエアチェックするか、ミュージックテープを買って聴く2択しかなかった。このアポロンのカタログは記憶ではてっきりアトランティックのカタログと思ってたが記憶違いだった。アポロンって響き、なじみ深いけどそれってなんなんだっけ、と改めて検索したらwikiに以下の記述が。

アポロン音楽工業株式会社…
1971年3月、渡辺プロダクションナベプロ)と文化放送などが出資するレコード会社として、東京都新宿区若葉1丁目5番地の当時の文化放送の本社内に「アポロン音楽工業株式会社」を創業。創業当時は、主にナベプロ傘下の渡辺音楽出版が原盤権を持つ各レコード会社のナベプロ所属歌手の音源の音楽テープの発売を行っていた。当時ナベプロはワーナー・パイオニア(ワーナー)にも出資しており、1970年代中頃までは、ワーナーは渡辺音楽出版が原盤権を持たない音源でもレコード盤を発売し、アポロンレッド・ツェッペリンやディープ・パープル、クイーン等の洋楽を含めワーナーからの原盤提供を受けて音楽テープを発売する形態が多かった。

f:id:zoothorn00:20160824171722j:plain

…あぁ、そういう既得権もからんだ話だったのか、世の中には自分が知らない経済界の取引が着々と大人の手で進められていたんだなと、まぁ、そんな感想でいいですかね笑。
で、話戻ってこのカタログを見て買ったyes「海洋地形学の物語」などは最初ステレオカセットデッキなどではなく、モノラルカセットプレイヤーで聴いていた。

f:id:zoothorn00:20130823042130j:plain

この写真はたぶん74年頃撮った自分の部屋の写真だけど、右下にちらっと見えてるのがそう。ソフトケースでよくわからないがいまみると断然おしゃれだしむくむくとフェティシズムをそそられる。
ぼくは中学の時に小学校からの同級生Y夫くんにZEPの「フィジカル・グラフィティ」のミュージックテープを貸し、かわりにGFRの確か「Live!」のミュージックテープを借りたりしてこのカセットプレイヤーで聴いたものだ。「フィジカル~」も「海洋地形学~」、そしてボブ・ディラン「ザ・ベースメントテープス」もそうだけど、LPでは2枚組になるものがテープでは1本に納まっているものを価格的には多少お得だと感じ、優先的に購入していたふしもある。あとカタログの曲目のあとに曲数をたんねんにメモってるけど曲が多い方が単純にお得だと思ってたのだろうか。。でも「海洋地形学~」はA~D面あわせて全4曲だしそれは違うか、とかね。いま思えば「フィジカル~」「海洋地形学~」いずれも手放してしまったのは残念。。

f:id:zoothorn00:20090817135950j:plain

この「死の舞踏」はいまも残っている。

f:id:zoothorn00:20160823173811j:plain

f:id:zoothorn00:20160819162306j:plain

f:id:zoothorn00:20160823173943j:plain

f:id:zoothorn00:20160823174000j:plain

f:id:zoothorn00:20160819162639j:plain

あらためて見ると当時はまったく見向きもしなかったムード音楽のタイトルがそそるし、このカセットで、しかもモノラルで聴いてみたい。

とりとめもなくなったけど最後に、野村さんのブログにでてくる詩人・小笠原鳥類さんのカセットテープに込めた思いをつづった文章を。
http://d.hatena.ne.jp/nomrakenta/20090721/1248191615

「鼻もあるようだし口もあるようだし、顔だなあ、と思いました。」この辺からぐっときてしょうがなくなります。

先日「7.16なないろ」に出演してくれた大野真聖さんが、ぼくがエアチェック用に愛用してたBARONというカセットテープのことにいたく興味をもってくれたので、次回はBARONについて書きたい。また小笠原鳥類さんの「紙の筒のような箱に入っているとどこまでも楽しかった楽しかった。」…このフレーズにぼくは郷愁とともに涙したんですが、この紙箱カセットも紹介したいなと思います。