「トコトコ節・片岡理土佐高篇」 (聞き取り:ズートホーン00)
●体育の先生は出し抜けにこう言った。
「先生は地味なことせんやつは、きらいぞ!」
先生はスコップを持って、グラウンドの土を少し掘り起こしたかと思うと、
掘った土を元通り埋めた。そして生徒にもそれをやらせた。
「今日は土ならすきにゃー。わかっちゅうがかや~」
なんのことはない、グランドならしの手伝いなのだった。
●また、ある日は「今日はちょっと話をするぞ」と改まって言った。
みんなトレパン姿のまま、教室で体育の授業が始まったが、
内容はというと、先生の苦労話だった。
●短距離のスタートの構えは、地上から体が60度傾いていなければならない。
先生はこう教え、みんなに構えをやらせ、ちょうど60度になっていると
「よし、お前100点!」と誉めるのだった。先生は走る前に評価したのだ。
●いちばん「眠たい」という記憶は、4時間目に水泳があり、
めしくったあとの5時間目の時間帯で、そのときはもう完全に寝ていた。
●かの先生は、すぐに生徒にあだ名をつけた。例えば「石油」「3日(みっ
か)」。
「おい、石油。どうしゆがな、ちゃんとやれや、なにしゆがな」とゆう具合。
●入院している友だちのTくんを見舞ったときのこと。Tくんはコーヒー牛乳を
もっていたが、牛乳を買ってきてくれとせがむ。
不思議に思ったがいう通りにすると、Tくんはコーヒー牛乳と牛乳をまぜて
おれ(片岡)にも飲ませてこういうのだった。
「どうな、甘うないろが?」
病人は何考えるかわからない、とそのときわかった。
●あるとき新しい缶ジュースが発売されて、そればっかり飲んでるやつが、
こっそり告白した。
「やめれん」
●毎週ベストテンを考えてくるやつがいた。
そして1人ひとりに見せながら真剣にこう言った。
「どうな?」
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編者註:最後の3つはもしかしたら高校以前のことだったかも知れません(笑)
今度きいてみます。
まーぼーさん他にはお伝えしましたが、この夏高知で療養中の所長にお会いし
ました。
ご自宅の近所の喫茶で。プロレス&格闘技&娘。好きは相変わらずでした
(笑)
とりあえず死力回復センターは「つないじょってくれ」とのことでしたので、
久々の投稿です。
ではではまた~。。
※2006/10/09 18:23に死力回復センターMLにアップしたものの転載。片岡さんが亡くなったのはこの4日後でした。