ズートホーン00のこれからどうスラッヂ

「これからどうする?」の土佐弁「これからどうすらぁ?」とMy Favoriteロックンロールバンド「ザ★スラッヂ」をかけて、一時どこかで流行った言葉。そんな、将来への不安をこじらせたような物言いをいまも引きずる、たっすい(頼りない)ブログ。

Dr.O川氏を訪ねて、いわき市勿来へ(拡大版)

9月連休後半の22日、23日と友人のDr.O川氏を訪ねて、福島県いわき市勿来に行ってきた。宇都宮から高速に乗って約2時間半。ご自宅の玄関先に待ってくれてたO川氏への挨拶もそこそこに、さっそくお宅に挿入。物腰がすばらしく柔らかで上品なご母堂様の歓待を受けて恐縮至極。しばし歓談となり、震災時のお話などをうかがったあとは、かねてから気になっていた氏の部屋をみせていただく。びっくりしたのは部屋は厳密にはひとつなのだが、もうひとつ元々はお姉様と共同使用していた、ご母堂言うところの通称“音楽室”を垣間見て衝撃を受ける。お姉様はすでに結婚後荷物もひきはらっているため実質O川氏の第2の部屋になっているその20畳以上(推定)の広い空間だけは震災以来電気もつかず、段ボールや家具が入口付近から占領しており、昼間でもなかば暗闇で奥が見渡せないし、未だ踏み込めないのであった。倒れたレコードラックなどがそのままになっていると以前からきいていて、なにかピンとこなかったが、そのレコードラックも入口からはまったく見えない状態で、ようやく事態が飲みこめた。その暗闇のなかにはO川氏の膨大なインディー系レコードや「カセットには自信あるんですよ」というカセットコレクションが眠っており、非常に安否が気遣われるところだ。不思議なのはO川氏自身が電気の修復や部屋の整理にいっこうに執着がなく、まめに帰省はしているそうなのに、何も事が進展していないことだった。
そのあとご母堂と一緒の記念写真など撮ってから、ご自宅をあとにしてからは勿来の海などを案内してもらい、まったりと過ごす。大洗よりは波が強い気がしたが、ここは茨城との県境にも近いのである。夜は海が目前にある温泉施設でゆっくりし、日本酒を持参してくれたO川氏と乾杯。話題はといえば、スラッヂ周辺やなぞなぞ商会など、東京、名古屋のライブシーンをうかがったり、ぼくのほうは鹿沼興文堂でのマヘル周辺の話題などなど。あとは、そうそう村崎百郎やアケミの死についてもしみじみ話していた。アケミについてはずいぶん昔の話なのになぜかというと、当時僕がアケミの死をY崎春美さんに電話で伝えた際、春美さんはとても驚かれ、かなり長話になったのだがそれをぼくはなぜかマイクロテープに録音していて、2年前の引っ越しの時になつかしく聴き直したのだった。なぜか流れでそんな話になりましたね。とにかく全体的にカオスな展開で話もお酒もいっこうにとだえない楽しい一夜でした。
明けて23日はO川氏オススメのお寿司屋さんに案内していただきランチ。これが美味しかったのなんの…。で、そのままJRで帰京するという氏にむりやり車に同乗してもらい(笑)、宇都宮までご一緒し、宇都宮駅で解散と相成りました。例の音楽室公開の折はすぐに出向くことを約束して…。O川さん、2日間お世話になりました!!



22日にいただいた日本酒はこれ。
限定純米ひやおろし
墨廼江(すみのえ)
墨廼江酒造株式会社(宮城県
アルコール分16度
米・米麹
精米歩合60%
http://www.nipponnosake.com/kuramoto/suminoe/

 

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