読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ズートホーン00のこれからどうスラッヂ

「これからどうする?」の土佐弁「これからどうすらぁ?」とMy Favoriteロックンロールバンド「ザ★スラッヂ」をかけて、一時どこかで流行った言葉。そんな、将来への不安をこじらせたような物言いをいまも引きずる、たっすい(頼りない)ブログ。

黒田一郎(村崎百郎)を想う

黒田氏(以下敬称略)が凶刃に倒れたのは、酷暑が続いていた2010年の7月23日。ツイッターでその死を知った。

黒田とは昔、某○○会議の講座で出会った。マイミクのヨーコさんやのりそそさんともこのときに出会い、次のO田クラスではスラッヂ片岡さんとも一緒になった。そもそもスラッヂは黒田に「箱男」のテープをもらって初めて知ったのだった(この話はスラッヂのライブCDのライナーにも書いた)。当時、黒田は長髪で常に黒づくめ、胸にはDischarge、GBH、Alien Sex Fiendなどのバッヂが光り、腕にはトゲのあるリストバンドをしていた。一般コースでおれが遅刻して、席に座らず後ろの壁にもたれて講義をきいてたりすると黒田はめざとく見つけて席を立ち、おれの横にきて並んできいたりした。そういう優しさをまっさきに思い出す。なんて書くと黒田はいやがるだろうけど。。

講義が終わると、黒田、片岡さん、ヨーコさんたちと居酒屋で飲むのがパターン化した。銀座を歩きながら酔った勢いでアポジー&ペリジー「真空キッス」やウィラード「Stinky Vice」などを合唱したりした。いま思うと赤面(汗)。ヨーコさんから聞いた話が笑えた。黒田にこう言う。「片岡くんとかカリヤくんとか私を避けてる…」黒田「奴らは精神的河豚社なんだよ。大体、○○会議くるなんて根性腐ってんだ。ここにくりゃ先々どうにかなるだろって考えが気に食わねえぇ」ヨーコ「河豚社ってなに?」黒田「具合が悪いんだよ」

あと、当時の日記にこんなことを書いていた。(飲み屋から出て、帰るでもなく、時間を惜しむように銀座を歩いていた。そんなことがよくあった)クロダがヨーコさんに「ブラしてるの?」ときく。ヨーコ機嫌わるくするとひたすら謝るクロダ。ク「ごめんね、ごめんごめん、許してくれよう。ねえねえ、おこってる?」 ヨ「怒ってないもん」 ク「(俺に)ね、どう思う?」 オ「う、うん」 ク「あー、この野郎(オレをこずく)」 オ「バーカ、お前ビョーキだよ」…

黒田が飲みの席で、なぜかゴホゴホ咳き込むと、横でなにやら黒田と語ってたヨーコさんが急に席を立って外へ飛び出ていく。と、黒田もダッシュでそのあとを追う。おれはワンテンポ遅れてそんなふたりに追いつく。黒田とヨーコさんが少し深刻なやりとりをしているのを、おれは大人の体で聞いている。おれはそんな自分が嫌いだったけど…。そういえば黒田はよく咳き込んでいた。そのころ通ってた製粉工場でのバイトのせいだったのか。一般コース閉校式のあとの打ち上げで、彼は一番最初にマイク持って歌った。曲はSTALINバージョン「仰げば尊し」。戻ってきて、汗をおれの服になすりつけた。

講座以外でも何度か遊んだが、野音に「REBEL STREET GIG」を見にいったことはよく覚えている。黒田は客席で黒い包帯を顔に巻いたかと思うと、いつのまにかガスマスクを模したフェイスマスクをしておどけていた。村崎百郎の頭巾を見るといつもそのことを思い出した。STALINの後楽園ホールでは、けっこうステージに近いスタンディングで、いきなり黒田がふざけておれを肩車して面食らった。異常に目立ってしまった(汗)。卒業後はときどき吉祥寺で会った。いまは亡きロック喫茶「赤毛とソバカス」では、JBLパラゴンから響く大音量の中、筆談した。彼はSoft Cellをリクエストした。筆談中「ところでおれたちをおしだとおもってる奴がいるぜ」と書いたら、「おれはおしじゃねえー!」と叫んだ。

いろいろ思い出すことはあるけど、黒田と会ってた時期はせいぜい3年位か。その後数年はときどき電話をかけてきた。喋りはじめると止まらなかった。おれからはほとんど電話した記憶がないし、いまはほんとに悔やまれる。黒田の魂をもっと汲んでおけばよかったと。いや、でもそれは今からでも出来るよな、黒田?「自分でやらないかなぁえ(自分でやんなきゃだめだよ)」(片岡理)。「でもやるんだよ」(根本敬)。やってやるよ。

笑いながら「お前なぁ~」「てめえ~」と話しかけてきた黒田。おれが一つ年上なのに不思議とそれが全然いやじゃなかったし、逆にうれしかったよ。

DOMUNNEで誰かが再現してた黒田の発言がいかにも黒田らしくて懐かしかった。

「すかした奴は許せねえ。この日本を下品のどん底に突き落としてやるぜ~!」

まるで言葉を吐き出して、笑い飛ばすような黒田独特の口吻がよみがえる。そしてあの笑顔を。不思議に黒田を思い出そうとすると、あの屈託のない笑顔しか思い出せない。なんだかまた会える気もするし。だから、追悼の言葉はあえて言わない。

 

 

f:id:zoothorn00:20110109084749j:plain

黒田が当時くれたカセットテープ。WILLARDの文字がすごい筆圧で凹んでいる。背表紙にはAUTO-MODの歌詞からこうある。「総ての腐りかけた時代にレクイエムを送れ」

f:id:zoothorn00:20130223005439j:plain

ルビをいれるとこが泣ける。

 

20110110日の日記に少し加筆)